市場を変える「冬アイス」
アイスクリームは夏の定番スイーツ——。そんな常識が、今、大きく変わろうとしています。むしろ「冬こそアイス」という新しい消費トレンドが、アイスクリーム市場に新たな風を吹き込んでいます。
コタツのお供といえば?
「冬アイス」とは、冬季に特化して開発された商品群を指す用語。濃厚な味わいの冬季限定品、生チョコやラムレーズンといった大人向けのフレーバー、そして乳脂肪分をたっぷり使用した贅沢な商品など、実は冬ならではの魅力的な商品が数多く存在しています。
2019年にoggi.jpで行われた調査ではその人気ぶりが如実に表れています。BookLiveが総合電子書籍ストア「BookLive!」の会員を対象に行った意識調査によると、「コタツのお供といえば何?」という設問に対し、女性は1位「アイス」、2位「みかん」、3位「鍋」という結果に。男性でも「みかん」に次ぐ2位となっており、もはやアイスは、単なる暑さ対策の商品ではなく、本格的な嗜好品として進化を遂げているのです。
季節で異なる商品展開
夏のアイスといえば、さっぱりとした氷菓やシャーベット、フルーツフレーバーが主役です。ところが冬になると様相は一変します。乳脂肪分の高い濃厚な味わいや、生チョコレート、アルコールを使用したラムレーズンなど、暖かい部屋でゆっくりと味わいたくなるフレーバーが続々と登場します。特筆すべきは、高級アイスクリームの代名詞であるハーゲンダッツの売上のピークが12月という事実。「頑張った自分へのご褒美」として、あるいは年末年始の家族団らんの際のデザートとして選ばれることが多く、これは冬アイスの新たな消費傾向を象徴しています。
冬アイスの歴史的変遷
日本における「冬アイス」の歴史は、1950年代半ばから60年代に遡ります。この時期、大手乳業メーカーがデコレーションアイス(アイスクリームケーキ)を市場に投入したことで、クリスマスにアイスを楽しむという新しい食文化が形成されていきました。当時、アイスクリームメーカーにとって、夏は自然な需要があるものの、冬季の工場稼働率向上が課題でした。この課題解決への取り組みが、結果として新しい食文化を生み出すきっかけとなったのです。
高級アイスの先駆け「レディーボーデン」の登場
1971年、アイスクリーム業界に新たな歴史の1ページを刻む商品が誕生します。「アイスクリームの芸術品」として市場に登場した「レディーボーデン」は、日本における高級アイスクリームの代名詞として、またクリスマスケーキの代替品としても大きな注目を集めました。
レディーボーデンの成功の背景には、重要な時代の変化がありました。特に、冷凍機能付きの2ドア式電気冷蔵庫の普及が決定的な役割を果たしたのです。各家庭に十分なストックスペースが確保されたことで、「レディーボーデン」や「リーベンデール」といった大容量(パイントサイズ)のプレミアムアイスクリームを受け入れる環境が整ったのです。
さらに、人々の記憶に深く刻まれることとなったのが、印象的なテレビCMでした。「ルパン三世 愛のテーマ」で知られる大野雄二氏とソニア・ローザ氏がタッグを組んで制作したボサノバ調の楽曲は、気品溢れるレディーボーデンの世界観を見事に表現し、多くの人々の心を捉えました。
革新的な商品「ビエネッタ」の衝撃
1980年代、アイスクリーム市場に革新をもたらした「ビエネッタ」が誕生します。1983年9月、森永乳業(当時はエスキモーブランド)から発売されたこの商品は、当時世界最大のアイスクリームメーカーであったユニリーバ社と森永乳業の技術提携により生まれました。その名は、ウィーンの貴婦人を意味する「ビエンヌ」をアレンジしたもの。フランス、イギリスなど世界14か国で展開され、日本では森永乳業がライセンス商品として販売を開始しました。
商品の特徴は、パリパリとした薄いチョコレートとアイスクリームを幾層にも重ねた独創的な構造にあります。高級感あふれる箱に収められた直方体のアイスクリームは、まるでミルフィーユのような美しさを演出。やわらかなアイス層とパリパリとしたチョコレート層のコントラストが、新しい食感体験として多くの消費者を魅了しました。
ケーキのように包丁で切り分けて皿に盛り付け、家族で共に味わうというスタイルは、アイスクリームを「特別な体験」として昇華させました。当時の子どもたちにとって、ビエネッタは憧れの存在。「大人になったら1本まるごとひとりで食べたい」という夢を抱いた人も少なくありません。商品特性上、年間売上の過半数を冬期が占める「ビエネッタ」は、まさに冬アイスの代表格として、アイスクリームがクリスマスケーキの代替となり得ることを証明。冬のアイス消費を大きく後押ししたのです。
冬アイスを象徴する「雪見だいふく」の成功
アイスクリーム市場に後発参入したロッテが、逆転の発想から生み出した画期的な商品があります。1981年に誕生した「雪見だいふく」です。当時、市場は雪印乳業、明治乳業、森永乳業といった老舗乳業メーカーが業界を席巻しており、1972年に参入したロッテにとって、従来の商品開発では市場シェア拡大が難しい状況でした。そこでロッテは、お菓子メーカーならではの発想を活かし、”冬に売れるアイスクリーム“という常識を覆す商品開発に挑戦。そこで誕生したのが「雪見だいふく」。この斬新なアイデアは、消費者から大きな支持を獲得しました。
特に印象的だったのが、テレビCMでの演出です。雪の降る寒い季節に、コタツでアイスを楽しむシーンを放映することで、「コタツでアイス」という新しいライフスタイルを提案。日本独自の居住空間とアイスクリームの楽しみ方を見事に結びつけ、冬アイスブームの先駆けとなりました。「雪見だいふく」は現在も進化を続けています。2018年からは通年販売を開始し、季節ごとのフレーバーや企業とのコラボレーションも積極的に展開。時代とともに変化するニーズに応えながら、冬アイスの象徴として確固たる地位を築いています。
インフラの進化が支えた冬アイス文化
冬アイスの普及には、複数の社会インフラの発展が寄与しています。1960年代に入ると、「電気こたつ」が一般家庭に急速に普及。1960年代から70年代初頭にかけて、その普及率は80%前後にまで達しました。さらに画期的だったのが、エアコンの普及です。1970年には10%にも満たなかった家庭用エアコンの普及率は、1980年代には70%前後にまで上昇。石油ストーブや電気ストーブといった局所的な暖房器具と異なり、エアコンは室内全体を効率的に温度管理することを可能にしました。これにより、冬季でも快適な室温で、アイスクリームの繊細な風味や食感を存分に楽しめる環境が整いました。
流通革命がもたらした変化
1980年代から1990年代にかけて、コンビニエンスストアの全国展開が進みました。それまでの駄菓子屋や個人商店では、夏はアイス、冬は中華まんというように季節性を重視した商品展開が一般的でしたが、コンビニエンスストアは「室内での通年販売」という新しい販売手法を確立。これにより、従来の季節性という概念は徐々に薄れ、現在では季節を問わずアイスクリームを購入できる環境が整っています。この流通革命は、消費者の購買行動にも大きな変化をもたらしました。24時間365日いつでもアイスクリームを購入できる環境は、従来の「夏の季節商品」というイメージを払拭し、「年中楽しめるデザート」としての位置づけを確立させたのです。
SNSがもたらした消費文化の共有と共感
2000年代以降、インターネット、特にSNSの普及により、「冬アイス」文化は新たな展開を見せます。それまで個人的な嗜好として密やかに楽しまれていた冬のアイスクリームが、SNSを通じて共有される文化へと発展したのです。「寒い外から帰って来て、温かい部屋でアイスを食べる贅沢」「こたつの中でアイスを楽しむ至福の時間」といった体験は、写真や動画とともにSNSで共有され、多くの「いいね」や共感のコメントを集めました。この現象は、長年潜在的に存在していた「冬でもアイスクリームを楽しみたい」という願望を、公然の消費文化として認知させる契機となりました。
アイスクリームはオールシーズン・デザート
欧州調査(2022年)によると、イギリス93%、ドイツ92%の消費者が冬季もアイスクリームを楽しむ一方、スペインでは19%が冬季の喫食を控えています。米国では、2021-22年の主要3ブランド調査で、冬季期間中も8.5%が継続購入。業界団体の報告では、生産のピークは3-9月ながら、年間を通じて一定の需要があります。
日本の「冬アイス」定着度 森永乳業の全国調査(2016年、20-60代1,074名)では、驚くべき結果が:
冬アイス定着!冬でもアイスを食べたい人が98.4%!!
- 主な理由:
- 暖かい室内で冷たいものを楽しみたい(54.9%)
- 気分転換・リラックス効果(38.5%)
- 純粋な嗜好(37.3%)
これらの数字は、アイスクリームが確実に「オールシーズン・デザート」として世界中で認知され、特に日本では冬季消費が一般化していることを示しています。
メディアと企業の相乗効果
2015年、ある人気テレビ番組で「冬アイス」が特集され、これをきっかけに「冬アイス」という言葉は一般的な認知を獲得。2016年にはセブン-イレブンが冬季のテレビCMを放映し、試食会やキャンペーンを積極的に展開するなど、「冬アイス」という新しい消費スタイルの提案を行いました。同年、「一般社団法人 日本アイスマニア協会」が11月15日を「冬アイスの日」として正式に制定。アイスクリームメーカーによる無料サンプリングや、全国のアイスクリームショップでの特別セールなどが展開され、「冬アイス」という概念は急速に市民権を得ていきました。
現代の冬アイス市場と商品展開
この10年で冬のアイス市場は大きく成長し、特にプレミアムアイスを中心とした高単価商品の売上が顕著に伸びています。原材料費の高騰や製造コストの上昇による値上げの波が押し寄せる中でも、アイスは依然として「お手頃な贅沢」として受け入れられています。最近の冬季限定商品を見ると、その進化は明らかです。例えば、和素材を活用した抹茶や黒みつきなこ味、洋菓子をイメージした濃厚なチョコレートやキャラメル味など、冬ならではの濃厚な味わいを追求した商品が続々と登場しています。また、アルコールテイストを取り入れた大人向け商品や、SNS映えを意識した見た目にもこだわった商品など、ターゲットや用途を明確にした商品開発も活発化しています。
冬アイスならではのメリット
冬季のアイス消費には、実は夏季にはない独自のメリットがあります。最も大きな特徴は、溶けにくいという点です。これにより、アイスクリーム本来の味わいや食感をゆっくりと楽しむことができます。また、暖房の効いた室内で冷たいアイスを味わう「温度差」の心地よさも、冬ならではの魅力として多くのファンに支持されています。
新たな食文化「冬アイス」の定着と未来
「冬アイス」は半世紀以上の歴史を経て、単なるトレンドを超えた確固たる食文化として定着しつつあります。その背景には、複数の要因が相互に作用しています。
成長を支える6つの要因
- 気候変動の影響:暖冬傾向による通年消費の拡大
- 商品開発の進化:季節特性を活かした味わいの追求
- インフラの整備:暖房設備や流通網の充実
- 消費者意識の変化:季節を問わない嗜好品としての認識
- SNSの影響力:体験共有による共感の広がり
- 企業戦略の深化:戦略的な販促活動と市場開拓
アイスクリーム新時代の幕開け
メーカー各社による商品開発は、従来の概念を超えた新たな領域へと踏み出しています。特に注目を集めているのが、お菓子やケーキとアイスクリームを融合させた「ハイブリッドアイス」の登場です。スイーツのジャンルの境界が溶け合い、より自由で多様な発想による商品が生まれつつあります。
さらに、近年の暖冬傾向も、冬季のアイスクリーム消費を後押ししています。「寒い冬だからこそアイス」という楽しみ方に加え、「暖かい冬だからアイス」という新たな消費動機も生まれ、市場は着実に拡大の兆しを見せています。
和菓子や洋菓子との融合により、「フローズンデザート」という新しい切り口も生まれました。これまでアイスクリームとは縁遠かった層にも、新たな魅力を届けていくでしょう。そしてこれは、かつて映画「ローマの休日」でオードリー・ヘプバーンが体現した「自由の象徴」としてのアイスクリームが、現代に新たな形で実を結んだとも言えるでしょう。
暖かい室内で味わう冷たいアイスの特別な幸福感。日本で育まれたこの新しい食文化は、気候変動という追い風も受けながら、やがて世界へと広がっていくことでしょう。アイスクリームは、私たちの食卓に無限の可能性と豊かな彩りを届け続けていくに違いありません。